昨日は「管理者がパワハラの被害者としての意識を持つこと」について触れてきましたが、本日は、その反対です。

 

部下がパワハラの加害者としての意識を持つこと

 

 「パワーハラスメントは上司・部下の職務上の地位に関わらず、誰でも加害者になり、被害者になりうるということ」から考えると、その視点についても触れておきたいと思います。

 「パワハラではないか」「指導が厳しすぎるのではないか」という被害者意識とともに、「もしかしたら自分も上司や同僚にパワハラをしているのではないか」という意識も併せて持つということです。その理由として主に3つ挙げていきます。

 

理由1 パワハラの被害者になるリスクが軽減できる可能性がある

 日常の中で、コミュニケーションをとる時に、相手の雰囲気に合わせることは良くあると思います。私自身もそうですが、相手が優しくしてもらえれば自分も優しく話せますし、逆に相手が喧嘩腰であれば自分も喧嘩腰になってしまいます。パワハラにも同じことが言えるかもしれません。

  つまり、自らが上司や同僚に対してパワハラをしないように最善を尽くしているのであれば、パワハラの被害者となるリスクを軽減できるかもしれないということです。

 昨日のブログでも触れましたが、実際にパワハラの加害者となる上司の多くは、相手を傷つけようと思っているわけでなく、部下への思いが強いからこそ、行き過ぎた指導につながっていることが多いかもしれません。

 そして、上司が行き過ぎた指導をしてしまうことにも何か理由があるかもしれないということです。

 

 ただし、リスクが軽減できるかもということであって、パワハラをしないように最善を尽くしても、それとは関係なくパワハラを受けるおそれがあることは事実です。

 むしろ加害者が悪質であれば、被害者の善意に付け込んでくることもあると思います。相手が付け込む恐れがある時は「加害者となりうる意識」は捨てましょう。

 

理由2 パワハラが防止できる職場環境につながる

 特に、人数が多い部署に効果的ですが、「この人はパワハラをしない」と相手に思わせるだけの存在が職場の中に1人でもいれば、職場の中で「良い流れ」を生み出し、結果としてはパワハラの被害者となるリスクが軽減できることにつながります。

 「悪い流れ」を想定するといいかもしれませんが、例えば上司が一人の部下に対し、部下の全員の前で、必要以上に厳しい指導を行った場合、一人ひとりの感じ方は違うものです。「次は私が怒られるかも・・」「●●さんは強く怒られて当然!」「怒ったところでしょうがないよ~」「●●さん、ちょっと気の毒・・」などです。

 このように、一人ひとりの感じ方がバラバラに広がれば、新たな利害関係が次々と生まれ、誰もがパワハラの被害者となるリスクは高くなると言えますが、 「この人はパワハラをしない」 という人がいれば、職場の「悪い流れ」に歯止めがかけられるということです。

 そして、もしみなさんの周りに「この人はパワハラをしない」と思う人がいれば、おそらく相手を傷つけないように細心の注意を払える人、つまり「誰もがパワハラの加害者となりうる」という強い意識を持っている人ではないでしょうか。

 パワハラが起きる前に先んじて、自らが「パワハラをしない」意識を高めることにより、パワハラが防止できる職場環境の推進役となりましょう。

 

理由3 自身がパワハラを受けたときに、事実を的確に伝えることができる

 加害者の立場を意識することで、パワハラを受けたときに、その状況を周りに的確へ伝えることにつながります。

 パワハラかどうかを判断する側も当然に慎重な対応が求められますので、明らかに人格を否定するような言動でない限りは、被害者・加害者両方の立場も十分に尊重する必要があります。

 その際に、パワハラへの理解が不足していると「~の時に、~ということをされ、パワハラの被害を受けました」ということを上手く伝えることができなくなります。

 被害者としての立場を意識するだけでなく、日ごろから加害者としての立場も意識することにより、パワハラを主観的だけでなく客観的・俯瞰的に理解することができると思います。その理解を深めることこそが、パワハラを受けたとき、事実を的確に伝えることにつながります。

 

 いかがでしたか?ただ、ご留意いただきたいのは、上司に仕えている立場の方は、パワハラを受けるリスクがとても高いことは間違いありません。

 最初の方にも書きましたが、パワハラを受けたときは、強い「被害者意識」を持ってください。「もしかしたら自分も上司や同僚にパワハラをしているのではないか」という意識は、気持ちに余裕がある時に適度に持つぐらいで良いと思います!

 

今日のポイント

  「パワハラ」への理解を深めるには、日ごろから「加害者視点」「被害者視点」の両方を意識することが大切である。